喧嘩のわけは?
頂き物小説w
「ご...ごめんなさい...。」
「本当に反省してんの?」
ううっ…
口は災いの元っていうけど、俺ってほんと一言多いんだよな。
あーあ、余計なこと言わなきゃ良かった!
ことの起こりは、その日、二人でランチに出掛けたところから始まる。
いや、ランチ自体は美味かったし、祥平も朝から機嫌が良くて、レストランを出るまでは全て上手く行ってたんだ。
問題はレストランを出た後。
サンフランシスコの欠点は、道が狭い上に坂道だらけで車が停めにくいってこと。
その日もレストランから少し離れた道端に祥平のジェッタを停めて、そこから坂道を上ったレストランまで歩いていた。
だから帰りは当然、坂道を下りて車まで戻ることになる。
そのレストランを出て、坂の下の方に停めたジェッタが見えて来た時だった。祥平が突然、
「You look great, Brian...」
すれ違いざま、そう知らない男に声を掛けたんだ。
(え?)
立ち止まって振り向いた俺の腕を引っ張って、祥平はどんどん車の方に向かって歩いて行く。
ブライアン…。
そう呼ばれた男は俺より少し年上に見えたけど、細身で筋肉質、浅黒い肌のハンサムな男で、人種はよく分からない。そして道端に立っててもえらく目立つ。
向こうも祥平のことを知ってるらしくて、祥平に引きずられつつ俺が振り返ると、ジッと祥平のことを見ていた。
その真剣な辛そうな目を見た途端、ピンときたんだからしょうがない。
(昔の男?)
プレゼント貰ったりしても、男の顔なんて一々覚えていないって言う癖に、祥平はその彼にはわざわざ声を掛けた。
「今もイケてるね、ブライアン。」
なんて感じで...。
「今の人、知り合いなんだよね?話さなくていいの?」
車に乗る前に振り返ると、彼はまだこっちを見てた。
「いいから、帰るぞ。サッサと乗れよ。」
自分から声を掛けた癖に、祥平はもう振り返って彼のことを見ようとしなかった。
それで余計に、彼は特別な相手だったんじゃないかな、なんて勘ぐってしまう。
それはいいんだけどさ。
あいつに過去があるのは分かってるし、そういうこと、一々気にしてても始まらないとは思うし。
だけど…
(俺と全然似てない。)
ってことに、ちょっと拘ってしまったわけ。
つまり、ジロジロ振り返って見るまでもなく、彼は着痩せして見えるけど、実はかなりガッシリして筋肉質。いわゆる精悍な顔つきで、いかにも男っぽい。見ただけじゃ職業が分からない雰囲気で、ちょっと危ない感じもする。
ああいうのタイプなんだ…
「はあ...」
車に乗った途端、溜息を吐いてしまったから、いじけた顔をしてたのが見つかったらしい。
「何だよ?」
その時点で既に機嫌が悪そうだ、ってことを察知出来なかった俺も悪い。まあ、それだけイジイジしてたわけなんだけど…
「別に…。カッコ良かったよね、さっきの人。」
「ああ…だから?」
「だから…祥平ってさ、ほんとはああいうタイプの奴が好きなのかな、と思ってさ…」
「ああいうタイプって?」
ジェッタがキィッってタイヤを軋ませて、乱暴に道の角を曲がった。
「俺と似てないじゃん、さっきの人...男らしいっていうか、さ…」
「……。」
無言のまま暫く車を走らせていたけど、祥平がいきなりキキィッって感じでジェッタを停めた。そのまま幅寄せすると、ギリギリ空いた道端の狭いスペースに、一発でジェッタを突っ込む。
何回ハンドルを切り返しても、もたもたして縦列駐車がスムーズに出来ない俺は、ジェッタの鼻先に空いた40センチ程のスペースをボケッと見詰めた。
なんでこのスペースに入る?
俺が感心して首を振ってると、
「出ろ。」
「え?」
「車から降りろ。」
そう言って、祥平がサッサと車を降りて、目の前の店に入って行った。それで俺も慌てて車を降りて後から追い駆けた。
そこは小さなアイスクリーム屋さんで、祥平はお店の人に、
「トイレ貸りるよ。」
って声を掛けると、
「どうしたの?さっきのレストランでトイレしたじゃん?」
って言いながら歩いてきた俺の手を掴んで、店の奥のトイレに向かって歩き出した。
「ちょっ、ちょっと!俺は行きたくないって…おいっ!」
それ程混んでいないとはいえ、お店の中には人がいたから、俺は大きな声を出さないようにしつつ一応抵抗したのに、もたもたしてるうちに一緒にお店のトイレに押し込まれてしまった。
「じゃあ、やるぞ。」
「は?わっ、んっ…んんっ!!」
小さなお店だから、トイレは一つしかない。男女共有なんだろう、便器の横に洗面台があって、お花なんか飾ってあって広々してるし、割と綺麗。
だからってトイレの壁にいきなり押し付けられて、激しくキスされた俺は、何がなんだか分からないまま必死に抵抗した。
「やっ、止めっ!こんなとこで、やだって!馬鹿っ!」
「馬鹿はどっちだよ、鈍感!」
「意味わかんなっ…ああっ!」
俺がこういうの大嫌いだって知ってる癖に!
シャツの下に手を入れられて、思わず声が出た。胸を弄られながら必死に声を堪えようと、目を瞑って唇を噛んだ。
「俺が怒ってるの分かってる?」
「んんっ…」
「敬吾?」
「何で...おこって…んっ...」
俺が目を開けてやっとそう聞き返すと、祥平の手の動きが急に優しくなって、俺は徐々に抵抗するのを止めた。右手が背中に回されて、ゆっくり腰まで上下に動く。耳元に熱い息が掛かった。
「お前が馬鹿なこと言うからだぞ。」
「あ...」
だんだん身体の力が抜けてきて、何だかもうどうでも良くなってくる。ギュッと抱き締められてキスされたから、俺も抱きつこうとしたら今度は突き放された。
「こんなとこでマジになるなよ、馬鹿。」
ひ、酷い…
「さっきから何なんだよ、一体!」
俺がムッとした声を上げると、祥平が俺の顔の前に人差し指を突き出した。
「言っとくけど、お前なんか全然俺のタイプでもなんでもないからな。」
そ、そんなはっきり言わなくても…
「俺はお前みたいに、生っ白くてふにゃふにゃしたのは嫌いなんだよ。あいつみたいに、浅黒くて引き締まった身体の男が昔から大好きなんだ。」
そんなあ…
「泣くな、馬鹿!二度と言わないから良く聞け。」
そう言うと祥平が一瞬目を瞑って、軽く息を吸い込んだ。それからジッと俺の目を見て囁く。
「だけど俺が欲しいのはお前なんだよ。他の奴じゃ勃たないくらい、今はお前しか欲しくないんだよ。」
え?
「あの...」
俺が口を開きかけると、祥平が横を向いてさっきより大きな声で言った。
「分かったら二度といじけたこと言うなよ。今度はこのくらいじゃ済ませないからな。」
「えっと…今のって...」
いきなり何を言われたのか良く分からなくて、おたおたしてる俺に、祥平がまた俺の顔を見ながら言った。
「そもそも、他の男にちょっと声かけたから何だよ。言っとくけどな、」
そして一端言葉を切ると、急に凍り付きそうな目で俺を見た。
「浮気したのは、お前だ。俺じゃない。」
ううっ...そ、そうきたか!
「いや、あれはその...」
「何だよ。何か言うことあるか?」
「い、いえ…ない、ないです。」
祥平が俺の肩を掴むとトイレの壁に押し付けた。
「ちゃんと言ったはずだぜ。一回切りの浮気なら許してやるけど、忘れるとは言わないって。」
ひ、ひええぇっ!
整った顔だけに、凄まれるとビリビリするくらい怖い...っていうか、俺、ひょっとして、これ一生言われるの?
「ご...ごめんなさい...。」
「本当に反省してんの?」
「してます、してる。ほんと。」
「目が泳いでない?」
「しょーへー...」
俺が情けない声を出すと、祥平が笑った。
「ま、いいや。後でたっぷり反省してもらうから。」
たっぷりって…
急に上機嫌になった祥平が、トイレから出ると俺にアイスクリームを買ってくれた。
ピスタシオとバナナとストロベリーの3段重ねをコーンに乗せて、その上にナッツを振ってチョコをかけて貰う。
(さっきの人、誰だったんだろう?)
アイスクリームを舐めながら、もし彼が祥平にとって大事な人だったんなら、いつか俺に彼のこと話してくれないかなって思ってみる。
祥平のことで知らないことは沢山ある。家族のことも俺と会う前のことも、俺には何も話してくれないし、聞いてもはぐらかされてしまう。
いじけた子供みたいな真似しないで、もっと大人になれたら、こいつも自分のこともっと話してくれるかな?
心の中でそっと呟いてみた。
(反省してるからね。俺も他の奴なんか欲しくないから。)
だから浮気の話を蒸し返すのだけは止めて欲しい、つくづくそう思ったのだった。
お終い