エルフの森


頂き物小説w

それは、長い雨が綺麗に晴れた初夏の朝、エルフの国、エルフィンディアの森が一番美しく見える時でした。

森の地面は緑のカーペットを敷いたように輝き、その間から色とりどりの花々が競うように咲き誇っています。

まだ修行中の妖精エルフィンは、久しぶりに遊びに来た美しい森の中を、夢中になって飛び回っていました。

エルフィンのお兄さん、エルファンは、魔法が上手に使えないエルフィンに、危ないから絶対にエルフィンディアの森の外に出てはいけないって、いつも煩く注意します。

エルフィンディアの森の木々は、その外の森の木々とは全然違うので、普段ならエルフィンも森の外に迷い出ることはありません。

妖精の送る魔法の風に乗って、エルフィンディアの森の木々は緑豊かな葉を鳴らし、歌を歌うことが出来るのです。その森の歌が聞こえないところまで、エルフィンはまだ行ったことがありませんでした。

森の木々の間から覗く、澄んだ青空と暖かい日の光に誘われて、その日、エルフィンはどうしても森の端まで行ってみたくなりました。

「森の外に出なければいいんだから。」

そう自分に言い聞かせて、暖かい日差しを浴びながら、美味しそうなお花を摘みつつ、どんどん歩いていきます。

その小さなウサギに気がついたのは、もう外の森が見える頃、そろそろ摘んでおいたお花をお昼ご飯に食べようかと思っていた頃でした。

エルフィンディアの森は、外の動物を寄せ付けません。小さなウサギと言っても、妖精が食べる大切な花を荒らす動物は、決して森には入れないのです。

だからエルフィンがウサギを見たのも初めてでした。

茶色くてフワッとした毛に、クリクリと大きな目。長い耳がダランと垂れた愛嬌のあるその小さな生き物は、どうやら外で何かに襲われたらしく、少し血の匂いがしました。

本来ならこのウサギは、エルフィンディアの森を怖がる本能に従って、結界の前で立ち止まるはずなのですが、どうやら何かから逃げて、思わずこちらの森に飛び込んできたようです。

エルフィンが手を伸ばしても、ウサギはジッとしています。

「お前はここにいちゃいけないよ。外にお戻り。」

そう言ってもウサギはやっぱり動きません。大きな目を見開いたまま蹲っています。

エルフィンは、そっと外の森を覗いました。

外の森にも暖かい日が差していますし、綺麗なお花も沢山咲いています。

「危ないことなんて、ちっともないよ。」

そう呟くとエルフィンはウサギを摘みあげました。

怯えたウサギはエルフィンから逃げません。それに身体を硬くしたウサギは、どうやら足に少し怪我をしているようです。

魔法が使えるお兄さんのエルファンなら、簡単に治せる怪我ですが、外の動物が結界を越えて来たことをエルファンが知ったら、きっとウサギを石像に変えてしまいます。

困ったエルフィンは、とにかくウサギを外に出してあげることにしました。

「お前の家族が助けに来てくれるといいけど。」

ウサギを抱いたエルフィンは、エルフィンディアの外でちょっと立ち止まりました。

外の森は、見ただけではエルフィンディアの森と変わったところは何もありません。木々の歌声の代わりに、小鳥の鳴き声がして、静かなエルフィンディアの森よりも一層賑やかに、エルフィンの心を浮き立たせます。

「ちょっとだけ、ちょっとだけなら大丈夫…。」

それでも最初はおそるおそる、小さなウサギと摘んだ花束を抱き締めながら、エルフィンは外に出て行きました。

「あれ?」

それはほんの少しの違いでしたが、外の森はやっぱりエルフィンディアとは違っていました。

緑と花の香りしかしないエルフィンディアの森と違って、外の森には色々な生き物の匂いが溢れています。

中には危険な動物の匂いも混じっているのですが、外に出るのが初めてのエルフィンには分かりません。

ちょっとドキドキしながら、エルフィンは水音のする方角に歩いて行きました。

小川があれば、ウサギの傷を洗って、自分にも手当てがしてあげられるかもしれないと思ったからです。

すこし歩くと、小さな小川が見えてきました。

その小川を見た途端、エルフィンは自分も喉が渇いていたことに気がつきます。

エルフィンがウサギと花束を抱えて、小川の方に駆け出したその時、突然横から黒い塊がエルフィンに飛びついてきました。

咄嗟にウサギを庇おうとしたエルフィンですが、額から右の瞼にかけて鋭い爪に引き裂かれてしまいます。痛みに悲鳴を上げると、今度は喉に熱いものが流れるのを感じました。

エルフィンは必死に背中を向けて逃れようとしたのですが、その途端上から圧し掛かられ、身動きが取れなくなってしまいます。

エルフィンには黒い塊にしか見えなかったその動物は、実は熊の子供でした。

水を飲みに来た熊の子供が、エルフィンとじゃれあって遊ぼうとしていたのです。

その動物に悪意はないのは、圧し掛かられているうちにエルフィンにも分かりましたが、その間も自分の額と首からどんどん血が流れていくのが止まりません。

フッと目の前が暗くなりかけた時、ズドーンっていう物凄い轟音が響き渡りました。

「ギャッ!」

っていうような、声がしたかと思うと、急に身体が軽くなって、エルフィンはそのまま気を失ってしまいました。



気がついたエルフィンは、小さな木のベッドに寝かされていました。

そっと額から首に手を当ててみると、白い包帯が巻かれているようです。部屋中に美味しそうなお花の匂いも漂っています。何とか首を持ち上げて見ると、小さな丸太小屋の中に置かれたテーブルのグラスに、エルフィンが摘んだ花々が活けられていました。

テーブルとベッドと椅子の他には家具もない小さな小屋でしたが、小屋の中には明らかに妖精とは別の生き物の匂いがします。

エルフィンは人間に会ったことがありませんでしたが、お兄さんのエルファンから、人間の怖さについては、数え切れないくらい聞かされていました。

「ここは人間の家なんだ。」

そう思ったエルフィンは、そこから逃げ出そうと、傷が痛むのを我慢して、一生懸命ベッドから身体を起こしました。そしてエルフィンがやっとベッドに手を突いて身体を持ち上げた時、小屋の戸が勢いよく開いて、同時に噎せ返るような花の香りが小屋の中に流れ込んできました。

戸口の明かりを背にして、兄のエルファンより背の高い人影が、大きな花束を抱えて立っています。

「気がついたんだね?」

小屋に入ってきたのは、まだ若い猟師の青年でした。

胸に抱えた美しい花束は、青年の着ている獣の革の荒々しい外見には似つかわしくありません。その青年は、エルフィンの傍に来ると、そっとエルフィンの横に大きな花束を置きました。

「妖精は花を食べるって聞いてたから…。その、傷の具合はどう?」

花束を抱えていたにも関わらず、青年の身体からは花とは全然別の匂いがしました。着ている獣の革の匂いとも違う、エルフィンの鼻腔を刺激する、それは青年の汗の匂い、健康な外の世界の匂いでした。

「これ、あなたが?」

右肩の包帯に手を触れると、青年が眩しそうに目を細めてエルフィンの胸を見て、直ぐにまた視線を逸らすと頷きました。

「君の出血が酷かったから、止血して…僕は妖精の森には入れないから、とりあえず家に運んだんだけど...まだ痛む?」

エルフィンは軽く首を横に振ろうとして、それで首の傷が痛むことに気がつきました。

「えっと、まだ少し痛いかも。」
「無理に動かさないで、横になってた方が良い。」

青年がエルフィンの背中に腕を回すと、その逞しい胸にエルフィンを抱えてベッドに横たえてくれました。その後も身体を離さずに、ジッとエルフィンの顔を見詰めています。青年の大きな瞳が随分近くにあって、エルフィンはちょっとドキドキしてきました。

「あ、あのフワフワした子はどうなったの?足に怪我をしてた子が居たはずなんだけど...」
「え?あ、ああ...あのウサギのことだね。」

そっとエルフィンから身体を離して起き上がると、青年は、あの生き物はウサギっていう名前だっていうこと、足の怪我には薬を塗ってあげて、木の洞に隠してあげたってことを教えてくれました。花を摘みに様子を見に戻ったら、もう元気良く飛び出して来たそうです。

「あの様子なら、もう何回か薬を塗ってあげれば大丈夫だと思うよ。」
「じゃあ、あの子は?僕に圧し掛かってた子、傷つけたりしてないよね?」
「ああ、熊って言ってもまだ子供だったからね。猟銃で脅しただけ。直ぐに逃げて行ったよ。」
「良かった...」

ホッとしたエルフィンが目を瞑ると、青年が遠慮がちに声を掛けました。

「眠る前に少し何か食べた方が良いよ。どれか食べたい花はない?」

首が動かせないエルフィンを気遣って、青年が花束を取り上げると、エルフィンの目の前にかざして見せてくれました。

「あ、それ…まだ咲いてたの?」

色とりどりの花に混じって、小さなアドニス草の黄色い花びらが見えました。雪の下から顔を出すこの花は、この季節には高い山に入らないと手に入らない貴重なものです。

その甘苦い香りと味はエルフィンの大好物でした。

「これ、好きなの?」

青年がそう言うと、アドニス草の花びらをちぎって、エルフィンの口に運んでくれました。エルフィンが口を開けると、その花びらをそっと舌の上に載せてくれます。フワッと口の中に広がる香りを楽しみながら、エルフィンは青年が次々に口に入れてくれる花びらを、あっという間に食べてしまいました。

「これが最後。ごめんね、これだけしか見つからなくて。」

そう言うと青年がエルフィンの頬にそっと指先で触れました。エルフィンが最後の花びらを食べてしまうと、青年がその指を動かして、少し開いたエルフィンの唇に軽く這わせます。その青年の指には、まだ花の香りが残っていて、思わずエルフィンはその指先に軽く吸い付いてしまいました。

「あ...」

エルフィンが驚いたことに、青年が急に真っ赤になると慌てて指を引っ込めてしまいました。

「どうしたの?」
「いや、その…なんでもない…。ちょっとびっくりしただけ。えっと、もう寝ておいで。僕はまたその花を探しておくから。」

暖かい初夏の森で、そう簡単にアドニス草が見つかるはずもないのですが、お腹が膨れたエルフィンは、そんなことを考える余裕もなく、あっという間に眠くなってしまいました。

妖精は沢山眠る必要があって、ちゃんと眠ってさえいれば、傷の回復も早いのです。

クルッと身体を丸めると、エルフィンはもう寝息を立て始めました。猟師の青年は、そんなエルフィンをしばらく見詰めていましたが、しばらくすると、プルプルッと勢いよく頭を振って、小屋の外に駆け出して行ってしまいました。



次にエルフィンが目を覚ました時、小屋の中には花の香りの他に不思議な匂いが漂っていました。まだ目を瞑ってウトウトしたまま、無意識にエルフィンの鼻だけがヒクヒク動いていたようです。

「気分はどう?」

そう声を掛けられてエルフィンがやっと目を開けると、青年がテーブルから立ち上がって、こちらに歩いて来るところでした。手には黄色いアドニス草の花を持っています。

「どこでそんなに見つけたの?」

エルフィンがそう尋ねたのには答えずに、青年がエルフィンの額に手を当てました。

「もう熱はないね。傷はどう?まだ痛む?」

そっと首を動かすと、もう痛みは殆どありません。エルフィンは首を横に振ると、頭を持ち上げようとしました。まだちょっとクラッとしますが、傷は完全に塞がっているようです。

「平気みたい…」
「そう…良かった。じゃあ、お腹空いてたら、これ…」

そう言うと、猟師の若者がエルフィンの手にアドニス草の花束を握らせました。

さっきみたいに食べさせてくれるのかと思っていたのに、若者はそのまま背を向けると、テーブルの方に歩み去ってしまいました。

仕方なくエルフィンはベッドに起き上がると、自分で花びらをちぎって食べ始めました。

大好きな花の香りはさっきと変わらないはずなのに、どうしたわけか、味も香りも少しだけ薄れたように感じます。

「変なの...」

エルフィンがそう呟くと、テーブルに座っていた青年が顔を上げました。

「え?その花、好きなんだよね?」
「あ、う、うん。美味しいよ。」

エルフィンは生まれてから一度も嘘を付いたことがありません。今も嘘を付いたわけではないのですが、本当のことが上手く言えなかったような、何だかもどかしい気持ちがしました。

それでさっきから気になっていた、不思議な匂いの食べ物について聞いてみることにします。

「それは何?人間の食べ物なんでしょ?」

若者がまた顔を上げると、にっこり笑って答えました。

「そう、チキンのスープだよ。チキンっていうのは、えーっと、大きな鳥のことで、僕には栄養があって美味しいけど、君が食べたら...えっ?あの、ちょ、ちょっと…君...」

エルフィンが突然泣き出したので、若者は慌ててスプーンを置くとベッドの脇に腰掛けて、エルフィンを抱き締めました。

「ごめん...妖精は獣の仲間だったね。君の前で食事をするなんて、気がつかなくてごめんね。」

「そうじゃない...そうじゃないけど...」

悲しかったのは、親切な猟師の若者もやっぱり人間なんだ、って気づかされたことでした。花を食べて生きられる妖精と違って、人間には人間の営みがあります。人と絶対に交わってはいけない、そう兄のエルファンが口を酸っぱくして言っていたのを思い出したら、何故か涙が溢れてきたのでした。

傷口に触れないように、若者はそっとエルフィンの身体に腕を回すと、彼の身体を軽く揺り動かすように宥めてくれました。温かい若者の身体の匂いに、エルフィンの敏感な鼻がヒクヒク動き出します。

「食べさせて...」
「え?」
「さっきみたいに…食べさせて欲しいの。」

なんだか急に我儘を言ってみたくなったエルフィンでしたが、そう言って若者の顔を見詰めていると、若者の顔がみるみるうちに真っ赤になりました。

「自分で食べても美味しくないんだもん。」

そう言って、涙に濡れた目を見開いて、ちょっと口を尖らせてみせると、若者がアドニス草を掴んで花びらを毟り取りました。

エルフィンが軽く唇を開くと、香りの高い花びらがふんわり唇に載せられます。ピンクの舌を突き出して、唇の花びらを舐めとると、若者がゴクッと喉を鳴らすのが聞こえました。

「キス...」
「ん?」
「君にキス...したい...」

キス…

兄のエルファンとは、時々キスをすることがあります。

寝る前にエルファンがしてくれる優しいキスは、この頃少し時間が長くなってきていました。この前の夜、そのエルファンに、

「エルフィンが一番好きなのは僕なんだから、他の奴とこんなことしちゃ絶対駄目だよ。」

って念を押されたばかりです。

でも…

包帯に包まれた首をちょっと傾けてエルフィンは考えました。

この人は僕を助けてくれたんだし、僕、この人のことも好きだから、ちょっとくらいなら良いはずだよね?

そう考えながらエルフィンがしばらく返事をしないでいると、猟師の青年がエルフィンの前で慌てたように手を振りました。

「ご、ごめん...その、つい...。えっと、気にしないで、そういう意味じゃなくて、つまりその...」
「いいよ。」
「え?」
「キス、していいよ。助けてくれたお礼。」

折角そう言ってあげたのに、猟師の青年は赤くなったままモジモジしています。じれったくなったエルフィンは、彼の頭を抱え込むと自分から彼にキスしました。

ん…

身体を寄せると、兄とは違う若者の匂いがします。エルフィンはいつも兄のエルファンとするように、若者の唇に自分の唇を合わせると、舌先を突き出して彼の唇を愛撫し始めました。

魔法が中々覚えられないエルフィンですが、キスだけは上手で油断できないって兄のエルファンには誉められます。

いいえ、誉められているはずなのですが、そう言う時のエルファンは、ちょっと怒ったような顔をして、まるで小言を言っているようなのです。

兄さんは時々変なんだ…あっ…

猟師とエルフィン
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ん…

若者の唇の感触を楽しんでいたエルフィンの腰を、彼の両手が掴むと、エルフィンは勢いよく彼の方に引き寄せられました。バランスを失いそうになったエルフィンを抱えて、今度は若者の舌がエルフィンの唇を抉じ開けて入ってきます。

あ…ふううんっ…

兄のエルファンともこういうキスはしたことがありません。若者の舌先がエルフィンの舌を突いて、チュッと音を立てては軽く何度も吸いました。

そのまま若者に抱かれて、キスを繰り返されるうちに、エルフィンの身体から力が抜けていきました。

「はあんっ…」

唇が離れた途端、喉の奥から溜息のような音が漏れます。

「君は綺麗だ...」

そう若者が呟くと、エルフィンを膝の上に抱え上げ、エルフィンの左胸の小さな乳首に舌を這わせ始めました。

「あ...あんっ...」

くすぐったくて、嫌!

そう言ったつもりだったのに、エルフィンの口から漏れたのは、やっぱり甘い吐息のような声でした。

「や...あ...」

キツク胸を吸われると、思わず悲鳴のような声を上げてしまいます。その声に若者がハッとしたように顔を上げました。

「ご、ごめん。怪我してるのに…こんなこと...」

若者の舌で愛撫されていた乳首がジンジン疼きます。エルフィンは急に恥ずかしくなって、俯くと顔が上げられなくなりました。

「ごめんね、ほんとにごめん。」

俯いてしまったエルフィンの前で、若者が何度もオロオロと謝り続けます。

違うのに…

困ったエルフィンは、若者の手を取ると自分の胸に押し当てました。

「あの...君...」
「エルフィン...」
「え?」
「エルフィンっていうの、僕。」
「エルフィン...」

左の胸がドキドキ音を立ててるのが分かります。エルフィンの胸に手を当てている若者にも、その鼓動が伝わっているはずでした。赤くなった顔を上げると、若者がエルフィンの手を取って自分の胸に当てました。

あ...同じ…

彼の服を通して、やっぱりドキドキ激しい鼓動が伝わってきます。

しばらくそのままジッとしていると、だんだんエルフィンの胸の動機が収まってきました。でも相手の胸の鼓動は益々速くなっていて、ちょっと怖くなったエルフィンは手を離してしまいました。

「僕、そろそろ戻らないと...兄さんが心配してると思うから。」

さり気なく身体を引いて若者の手から離れると、彼が夢から醒めたような顔でエルフィンを見ました。

「そうだね…帰らないといけないんだね...」
「うん、色々ありがとう。」

妖精は服を着たりはしません。エルフィンがベッドから下りて、裸のまま戸口の方に歩き出すと、若者が慌てて追いかけてきました。

「待って、ちょっと待って。森の外れまで送っていくから。これ、着てくれる?」

エルフィンは若者が差し出してくれた毛皮を見て、ちょっと顔を顰めました。

「ごめん、これしかなくて…。」
「寒くないから、こんなのいらない。」
「でも…そのままじゃ...」

そう言うと、若者が困ったような顔をして俯きました。

「じゃあ、それ脱いで。」
「え?」
「そのシャツならいいよ。それなら着られるから。」
「あ、うん。じゃあ...」

急いで薄いシャツを脱ぐ若者を見て、エルフィンの胸がまたドキドキし始めました。

兄さんより背も高いし、背中も広くて、それに腕も…

「はい、これ。」

渡されたシャツはエルフィンには大き過ぎて、シャツの裾が膝の近くまできてしまいます。そしてそのシャツは若者と同じ太陽の匂いがしました。

壁に掛かっていた革のベストを羽織ると、若者が猟銃を肩に担いで言いました。

「じゃあ送って行くよ。」

その日も森は綺麗に晴れていて、エルフィンと猟師の若者はしばらく歩いただけで、あっという間にエルフィンディアの森まで辿り着いてしまいました。

「こんなに近かったんだ...」
「うん。僕の父さんは人嫌いだったから、村からうんと遠いところにあの小屋を建てたんだ。」

そう言うと若者が黙ったままエルフィンを見詰めました。エルフィンがシャツのボタンを外して、スルッとシャツを脱ぎ捨てると、若者の目がエルフィンの全身を舐めるように見詰めているのが分かります。

そうやって見詰められていると、エルフィンの身体がドンドン熱くなっていくようでした。

若者が一歩エルフィンの方に踏み出して、エルフィンがもう一度彼にキスをしようと思ったその瞬間、あっという間に目の前の若者の全身が強張って、その顔と身体が冷たい石に変わってしまいました。

驚いたエルフィンが振り向くと、エルフィンディアの森の外れに、兄のエルファンが立っていました。

「エルフィン!」

手を伸ばして駆け寄ろうとする兄を、エルフィンは思いっきり突き飛ばしました。よろめいたエルファンは、それでも手を伸ばして弟を捕まえます。

「馬鹿、エルファン!あの人は僕を助けてくれたのに!酷いよ、いきなりあんなことして...今すぐ魔法を解いて!あの人を助けて!」

エルフィンは身体を捩って兄の手から逃れようとしました。

「あいつお前に触ったろ?お前の身体からあいつの匂いがプンプンする。」

嫉妬、という言葉をエルフィンが知っていたわけではありませんが、エルフィンはその時、そうした方が良いような気がして、兄に生まれて初めての嘘を付きました。

「違うよ。僕が寒いって言ったから、服を貸してくれたんだよ。エルファンの馬鹿。あの人は熊っていう動物に襲われてた僕を助けてくれて、こうしてちゃんと手当てもしてくれたんだ。早く助けてあげてったら!」

「そんな怪我、僕なら直ぐに治せる。一人で外に出るなって、あれほど言っておいたのに...どうして勝手にフラフラ出歩くんだ?僕がどんなに心配したと思ってる?」

「ごめんなさい、エルファン。」

今度は素直に呟くと、エルフィンは兄の手を握り締めました。

「もう絶対一人で外に出たりしない、約束するよ。だからあの人を助けてあげて…エルファン、お願い。ね?」

しばらく若者の方を見ていたエルファンが、軽く溜息を吐くと口の中で小さく呪文を唱え始めました。

みるみるうちに、若者の顔が、肩が、胸が、溶けるように元の肌の色を取り戻していきます。

動けるようになった若者が、呆然とした表情で二人の妖精を見詰めました。

「エルフィンを助けてくれた礼は言う。だけどもう二度とこの森にもエルフィンにも近づくな。人間の分際でエルフに触れたら、その場で石にされると思え、いいな?」

キツイ口調で言い募るエルファンを見て、若者が悲しそうな顔で頷きました。

兄さんたら、あんな言い方しなくったって…

何か若者に声を掛けようとしたエルフィンの腕を兄がグイグイ引っ張ります。

「さあ行くぞ、エルフィン。今夜は色々とお前に言って聞かせることがあるからな。」

兄がそう言う時は決まって、エルフィンには退屈でしょうがない妖精一族の歴史や、人間との対立のお話が、一晩中延々と続けられます。

エルフィンは小さく肩を竦めました。

木々の歌声が聞こえる森の入り口まで来ると、前を歩いている兄に見つからないように、エルフィンはこっそり後ろを振り返って見ました。

猟師の若者はまだ同じ場所に立って、エルフィンが着ていたシャツを抱き締めながら、ジッとエルフィンの方を見ています。

若者と目が合うと、エルフィンはちょっと立ち止まって首を傾け、胸の前で軽く手を上げて見せました。若者の顔がパッと輝くのが見えます。

兄に気づかれないように、クルッと振り向いて早足で追いつきながら、エルフィンは考えました。

魔法が使えるようになったら、一人でも大丈夫。いつかまたあの人に会いに行こう。

そう思った途端、エルフィンの左の胸の乳首がキュっと痛くなったような、痛くなったのは胸の中だったような...。

そうだ、それに今夜、エルファンにも新しいキスの仕方を教えてあげなくちゃ。

その夜エルフィンは、どこでそんなキスを覚えたのか、兄に散々問い詰められ、全て白状させられることになるのですが、そのお話はまたの日に…。

お終い。

ええっと、いかがでしたでしょうか!!
もう、素敵過ぎて鼻血噴いちゃいますよね!?
蛍様には感謝感謝! です!!